英屋のブログ

英屋参上!!!

プロのおしもも。

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最近人に教えてもらい、すっかりとハマってしまったお店さんがありまして。

キネマMの斜め前にある「ムームー」さん。

どん!と、存在感のある喫茶「ファウスト」の真横にひっそりとございます。

 

なんかもう、めちゃくちゃかっこいい。

その佇まいも、味の美味さも。

すべてがスマートで、間違いない。

確実に喜びに変わる味わいと空間で。

惚れないわけがないよね。

 

という最高峰を、島根県在住のお客さんに教えてもらったという、この、情報の逆輸入感ぞっ。

その島根の人の熱弁振るう「ムームー」さんの説明が、すべて的確だった。

同じ説明をわたくしもぜひいたします。

島根の人のアドバイスがあってわたしも焦らずに初めての注文を乗り越えられた。(ちなみに彼は有名な出雲蕎麦屋の二代目です、が、その出雲蕎麦のイメージとはうらはらな、ぶっ飛んだ見た目に初めての人は皆驚きます。だってまずもってパツキンの長髪です)

メニュー構成がとてもいろんな人の好みごとにあるから、そこを理解するとすっごく嬉しく思います。

お姉さま(可愛い)の接客も、優しくて、心あって、あぁ(我が身を振り返り自己嫌悪に陥って一瞬死にたくなって思わず心から溢れ落ちる声)ってなる。

 

第一口目で衝撃を受けたの。

わたし、冗談じゃなくて、こんなに美味しいクラムチャウダーを口にしたのは初めてだと思ったっ。

その瞬間にすべてにおいてここを信頼できるという確信を抱いた。

きっと裏切らない!

なんだか久しぶりに嬉しくて、ほんとうに気持ちが明るくなったなぁ。

忘れもしない12月のこと。

スタンド・バイ・ミーを観た帰りに立ち寄った。

なんか全てにおいて充足したと感じた日だった。

 

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しばらく寒さが続きますね。

英屋さんちも毎日のように何かしらを炊いています。ほんとう、温かい煮物が欠かせない季節です。 このおでんも。

ほんとうに寒くて冷え切った日だったから、このうちのダシが身体中に染み込んでった。

あ、おでんのおだしって、飲み物だったんだ!って思った、カレーが飲み物ってのは未だに理解はしかねるけども、おでんのだしはゴクゴク飲んでいいのよ、すると、ほんとうに身体の中からほっこりと温まるんだから、身体だけじゃなくて心もね。

おでんが冬に必要な理由が分かった気がした。

 

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プロ達の洗練された料理を堪能していただいたその御目を汚させていただきます、私作のまかないです、その名も、~英屋流究極のナポリタン、ネオ日本食の極地、キュー〇ーミートソース缶も混ぜ込んだver~です。

ネオ日本食とは、寿司、天ぷらなど外人が今簡単に日本食と思っているTHE☆和食をいつもいつも日本人が食ってるなんて思うなよ、実は明治、戦後のどさくさ期に紛れ込んで来た西洋料理が日本の島でガラパゴス化したものこそ日本人が愛する料理たちなんだ!

カレーにオムライス、「カゴメ」のソースで堪能するエビフライとトンカツに、ナポリタン!!!、これを食べてこそ、欧米人よ、真に日本食を知ったことになるのだぞ・・・。という概念です。

 イタリアの方にボコボコにされそうなほどに調理方法は外道ですが、味は小学校の給食にでてきたあの味そのもので感動します。

 

 

あぁ、最後のこの低さよ……。

戌年だし、愛犬の話。

朝(厳密にはお昼前にだけど)部屋に掃除機をかけていた母から距離を置いて、南向きの畳の間で、愛犬チワワのパンくん(雄11歳)がこっちを見ながらぷるぷる震えていた。

そんなに掃除機が怖いのか・・・と思ったくらいで、そのときはそれ以上は何も思わなかったけれど、次にまた畳の間を覗いた時に、同じ場所から動いておらず、身体の方向が南のベランダに向いて、仁王立ちしているのは珍しい行動だな、と思った。

飼い犬が人に対して背を向けているという行動は、珍しい。

犬って普段は家族、特に母とか父とか特定のお気に入りのそばに張り付いて共に行動することが多く、例え距離は離れて居たとしても、顔は必ず家族の方向に向いているものなので、こういう超個人的な振る舞いというのはなかなか見られない気がする。

なので、さすがにもう一回畳の間を覗いた時にまったく同じ行為を数分間も続けているのはおかしいことだとわたしも察した、そこでメリ子ちゃん(パンくんと一つ違いの妹)がこの家の中から消えてるということに気がついた。

パンくんは必死でそのことをわたしたち家族に伝えようとしていたのだ。

こりゃ大変!と、締め切られたベランダの鍵を開けてやろうと、窓の向こうを覗いたらそこには、とっくの昔にすべてを諦めたのであろう、哀愁の漂う小さな背中をこちら側に向けて、ぺたりと地面に座り込み、柵の間に顎を置いて、ベランダから外の景色をボーと眺めていたメリ子ちゃんの姿が。

先述の通り、普段は家族と混じって共に行動することが多いので、こういうたったひとりきりの振る舞いをしている愛犬を見れることってほんとうに希なことで、何かを一人で想い、それに馳せている姿というのはめちゃくちゃ可愛くて、あぁ、こいつも孤独に何かを感じることがあるのだな、と思わされる瞬間にはおもわずキュンとさせられるのです。

メリ子の哀愁の後ろ姿に、可愛いっ!写真撮らなきゃ!!と思ったのと、メリ子!と名前を呼んでしまったのが同時であったため、すぐさまこちら側にすっ飛んで来てしまったので、実に惜しいことをしたと、後悔した次第。

 

・・・また同じシチュエーションを作るためにはまた二人にか過酷な思いをさせなければならないけど、どうしよ。もっかいだけ・・・。

今日は特別営業です!明日成人の日はお休みです!

オヌヌメ!「人生を狂わす名著50」三宅香帆著(←高知の人!)

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あけおめ!新年1発目の写真は、我が家伝来のお雑煮からー。餅は角餅です!絶対!

・・・四国四県で他は丸餅なのに、高知だけがたしか角餅じゃなかったけ?それは確か山内家が理由?静岡の掛川から来た文化が根付いたからって話じゃなかったけか。

f:id:hideyanoblog:20180101172639j:image正月は、年始用に年末から本屋へ行くたびにちまちまと買い集めていた本を一気読み!

その名も新春読書祭り2018(普通!)。

一日何もせず、雑煮食ってTSUTAYA星野源をしこたま借り込んだ(wowowドラマ「プラージュ」良かった!)以外は身体を動かさずに、ストーブにあたりながらベッドの上でひたすら読む。

一月二日も飯食ったら金高堂行ってまた買い足す、夜もまた星のお祭り。やっと「逃げ恥」の最終話が借りられたのでやっとみくりとの恋の行方に終止符が打たれます(すんごい今さら感)。

さてさて今回もすっかりやられた良著に出くわしてしまいまして、居ても立っても居られない、これはオヌヌメしなければ勿体ない!と、PCを立ち上げた次第です。

本日のオヌヌメは、三宅香帆さまという高知県生まれ高知学芸出身のまだ20代前半の娘さんが書かれたという「人生を狂わす名著50」です。

年末のとある休日に、夕方から読み始めて、そのまま夜中の12時までに、(晩御飯食べてアサヒを飲みながら、合間にイッテQと星野源のライブツアーBlu-rayのにやにや鑑賞をはさみながら)読み終えてしまいました。(アレ?確か24日だったような・・・)

まえがきの時点で、この娘さんとは一緒に酒が飲めそうだという親近感を抱き、title:01を読み終えたときには、この出会いを神に感謝をしていました。

たまたま金高堂で平積みにされてるコーナーに立ち寄り、高知新聞で「県出身者で京都大学院在住、本屋勤めの傍ら評した文章が話題を呼び書籍化」と取り上げられている紹介記事を眺め、ぺらぺらとページをめくって、そういえば前にもこうしてたことがあったんだけど、そのときはあまりピンとこなくて、話題ものに飛びつくミーハーと思うなかれ!と無意味な意地でそのときは過ぎ去り、でも今度は文章読んでると、お?とくる箇所がいくつもあったので、いけるかもしれない・・・と思ってレジに行ったんだ。

読んでる最中はただただこいつすごいなぁ・・・。なんでまだ若いのにこんなに分かってしまっているんだろう、わたしなんか最近になって掴めてきた微かにだけど、ということが、あんたこんなに文章に書けちゃって、もう、嫉妬っ。やーね、嫉妬って漢字、女偏いっぱいじゃないの!醜い!でもそう思う反面に、高知県出身のというところが嬉しくて、こんな良著を世に送り出した人間が同郷にいた誇りも感じてたり。

焦りと誇りがない交ぜになりながら、けれど興奮の方が勝りながら、知りたい!次の章に何が書いてあるのかすぐに知りたい!と、水を飲むように読んでいました。

概念が次々にひっくり返されていくんです。

その楽しさを、おもしろい文章で伝えてくれる。

 

出会いの神様に感謝を捧げるきっかけとなった第一章『高慢と偏見 ジェイン・オースティン』で、彼女が綴った文章。

 

ー「古典」と呼ばれる作品を読むことは、立派な人間になることにつながるわけではない。

違う。逆だ。

古典と呼ばれる作品は、いかに人間が立派でないか、立派になることができないのか、を教えてくれるから古典たり得る。

 作家オースティンのまなざしは、登場人物を平等に「恥ずかしい人」として笑う。

 

ユーモアをもって、愛でオースティンは恥ずかしい人たちのことをまなざす。

これって、案外、できないことだ。

-「人間の失敗を、ユーモアをもって微笑む」ことを忘れる。

-みんな、生きてるだけで、笑えるくらい恥ずかしい存在なのだ。

-素晴らしい小説を読むと、人間の「立派じゃなさ」に気づく。

小説によって養われる知性とか教養というものが人を豊かにするとすれば、きっと、そういった何かを許せる笑い方を身につけるから、なんだろうと思う。

 

途中まで読んでやめてた作品だったこの小説。イギリスを代表する古典。そうだったのか、そういう内容だったのか・・・と改めて合点がいった。

「古典」に対して持ってた概念がすっかり覆された。

古典って手にする前にある程度の「情報」を入れて読み始めるんだけど、絶対に途中で投げ出すんですよね。その小説の「情報」のせいで、こっちは「だからなんなんだ」と思ってるから全然おもんないの。

でも、彼女のこの素直な文章が、純粋に本に救われてる、愛してるという姿をしていて、だから信頼して、その本へ向かうことができる、新しい感受性を与えてくれてる。

 

別に教師に文句言うわけじゃないけど、学校で国語を習うときにこういうことをゆってて欲しかった。

すんごい大事なことが隠されてると思うから、読んでなんじゃこら、意味分からんちーんて諦めちゃう、文章を読むことを。

だけれども、最初からこの三宅さんのように、体験から溢れ出た気持ちのこもる言葉が一言二言でもあれば、きっと興味を持って読めてたんじゃないのだろうか。

自分からはほど遠い崇高なことが書かれているのではなく、逆で、とっても身近で、自分にとってほんとうに大切なことが書かれているんだ!って、その気づきさえあれば、あんなに毛嫌いしてなかったのかも・・・

 

そう。実際、自分でも思う。自分、ほんとうにどうしようもねぇなぁ・・・って絶望に陥ってから、はじめて、手にとれた本ってたくさんある、それこそ大嫌いだった「国語の教科書にあったアレ・・・ゲェー」ってやつが、嘘のように自分の中でみずみずしく蘇る。

そのときはほんとう、やっとわたしもここにきたんだ!ってむしろ感動できた、あぁ、大人になったなぁって…(笑)

それをこの娘さんこの若い歳で迎えちゃってるんだものなぁ、恐るべし。

 

 

三宅香帆さまは愛のテーマにも触れる。

 

三浦綾子の『氷点』を論じるtitle:41にて、❝人間は正しいvs人間は間違える❞の価値観や規範が狂わされますぞ、とこの本のテーマを語ったのち、

 

「あなたはまだ、許せないものが多いー」

「別にそれでいいんだよ、今はね。でもそのうちあなたも、正しくないこととかきれいじゃないものを、許せるようになるといいね、って。『氷点』はそういう話なの」

「だって……愛ってゆるすこと、でしょう?」

 

 《人生を狂わせるこの一言》

この罪ある自分であるという事実に耐えて生きて行く時にこそ、ほんとうの生き方がわかるのだという気もいたします。

 

すとん、ときたのね。

この言葉が。

もうひとつ、すとんときた章。 

 

title:49 何度も読んだ、夏目漱石の『こころ』を彼女は、大人になってからの再読におすすめ!ってゆう。

 

私たちはいつでも自分がかわいくて、他人のことなんか考えられなくて、いつでも間違う。だけど間違ったら、間違ったまま、取り返しなんかつかない。それは呪いによって残るしかない。呪いの先はどこにも行かない。私たちに突き刺さるだけだ。

誰かを傷つけてでも押し通してしまう自分のエゴと、それを割り切れない矛盾の葛藤。そしてそこから生まれるどうしようもない、ひんやりとした孤独。

孤独なくせにそのエゴを持ってしまう自分自身に、『こころ』を読むと気づいてしまうのだ。

《人生を狂わせるこの一言》

自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しさを味わわなくてはならないのでしょう 

 

もいっちょいこう!

 

title:50 ラストを飾る本は最近ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ 『わたしを離さないで』。

これは昔にわたしも読んでいて、わけのわからない恐ろしくも悲しい切なさ襲われて、読むんじゃなかった・・・って公開した作品。

・・・わたしのいけないところは、その意味をそこから探りだすんじゃなくて、あーやな思いした!って、脳内ゴミ箱にポイして記憶から抹消してしまうところですね、こんな思いを人にさせる、小説家って奴はまったく悪い人間で、確信犯的、ド変態だー!って偏見の檻に閉じこもって、いっさいその他の作品には手をつけなくなるっていう・・・(笑)

でもこの本に出会ってから、また幅広く手を付けるようになりましたから、これもまた買いなおそうと思ったし、村上春樹もようやく理解しえたのは、彼女のおかげですし、むしろ好きなやつだったのかもって、また概念覆されたから。…わぁ、ほんとうに人生狂わされ始めてる(笑)

話し戻しましょう、彼女はこの作品を、今この世界でいちばんの傑作だと思う小説だ!と評しておられます。

この作品を論じる文章は、彼女自身の生きることへ対する感想がしばらく述べられます。

生きることはけっこう面倒だと感じた子供時代、ならば死んだら楽なのではと考えるも、しかし大人は、私の何倍もの時間を「死なずに」過ごしている、なぜ大人は生き続けているのか、そんなことを考えているとき、10歳の彼女はふと「じゃあなんで私は今死んでいないんだろう?」と思った。単純に痛いから、けっこう大変そうだし、なんだけど、じゃあ、痛くなく死ねるよって言われたら、私今死ぬかな?と考えた、「死ねない」なぜなら、だってまだあの読みたかった本読めてない、来月号の「りぼん」も読みたいし、それを読むまではまだ死にたくない。

そしてわたしはふと気がついた。そうか。

大人も、死ねない理由がいっぱいあるから死んでないのか。

そっか、生きるってつまりは死ねない理由が増えることなんだな!

人生を続けるのは、死ねない理由、つまりは大好きなものや愛着を持つものを増やすことであって、だったら生きるって、けっこう楽しいことだよな、と私はいつも思っていた。

……この本を読むまでは。

 

途中までいい話だったのに、この落とし。

そうなの、この作品、絶望の極み。辛い。

 

ー『わたしを離さないで』ーーこの本を読んだから。ー大人になった私は思うのだ。「そうはいっても、人間って死ぬんだよなー」と。

ー『私を離さないでを読むと、生きるってそもそも切ないことだって気がつく。

だって小さい頃から、死ねない理由をかき集めて、増やして、まだ死ねないって思ったものが増えたところで、みんな死ぬんだもの。

死にたくないと叫ぶ誰かに、ぎゅっと寄り添う人がいるだけでそこにあたたかい何かが生まれる。ーその寄り添ってくれる人のことを、カズオ・イシグロは丁寧描いてくれる。

生きることは切ないんだけど、ああその切なさをこの作家さんはわかってくれているんだー

 

この作品のテーマがほかの作品すべてのテーマをも包んでいるのかもしれない。

そう、確かに、切なくない瞬間なんて、人生どこにもなかった。

 

 

話変わるようでいて変わってないんだけども、わたしがなぜ最近星野源にドハマりしているのかというと、この人自身もそういう既存の概念の裏側を除いてそれを表現している人だからと思うからで、さきほど述べたプラージュという作品も、「犯罪者」という社会にとって「悪」そのものとされてる存在について改めて考えさせられるものでした。

この人のそういう出演作や歌の歌詞を読んでいるとハッとさせられることが多いんです。呼吸が楽になることが多い。(すっごい馬鹿やってることにもなっとくがいく。笑いから影響を受けてるところとか)

 

 

意味の外へ連れってって

 

自分だけ見えるものと

大勢でみる世界の

どちらが嘘か選べばいい

君はどちらをゆく

僕は真ん中をゆく (←ひとりぼっちで生きてく覚悟で!!※本人メモ)

(夢の外へ)

 【みんなと同じ目線を合わせてこの世界を眺めることも大事かもしれないけど、自分にだけ見えている世界もここにあるのだ。虚構や幻想、そこから外れることとはひとりぼっちになることの意味なのかもしれないけど、僕は真ん中をゆくよ!こんなすごいことをいっときながら、音楽はポップでめっちゃ明るくて踊りも可愛いっ。すんごい好き。】

 

無駄だ ここは元から楽しい地獄だ

生まれ落ちた時から 出口はないんだ

 

嘘でなにが悪いか 目の前を染めて広がる

ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ

 

嘘で出来た世界が 目の前を染めて広がる

ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ

作り物だ世界は 目の前を染めて広がる

動けない場所から君を 同じ地獄で待つ

同じ地獄で待つ

(地獄でなぜ悪い)

 【星野源のテーマが一貫してる内容だと思うの。くも膜下出血での術後はここからまた生きなければいけないということがほんとうに絶望だった、って。映画「地獄でなぜ悪い」の出演&楽曲作。映画オヌヌメ!映画が好き!という気持ちが大量の血とともに溢れでていて、気持ちがいいくらい明るくなる作品!…画面で行われていることはものすんごいがな。ラストでは泣いた。「カッート!」の瞬間。ああ、分かる人はおられないだろうかっ】

 

笑顔のようで色々あるなこの世は

綺麗な景色は どこまでほんとか

 (フィルム) 

 

この歌詞はちょっとこれまでの話とは関係ないんだけど、大好きな歌。

 

君の手を握るたびに

わからないまま

胸の窓開けるたびに

わからないまま

笑い合うさま

 

君の手を握るたびに

わからないまま

胸の窓開けるたびに

わからないまま

わかりあった

 

君の手がほどけるとき

叶わないまま

胸の窓光る先に

手を振りながら

離れゆく場所で

笑い合うさま

(Friend Ship)

 

”分かりあえなきゃ”ダメだ!って思ってたけど、別に、"分からないまま"でもいいかもな、と思えた。だって生きることは切ないことなのだから。

 

さぁ。愛が溢れて気持ち悪くなってきたところでそろそろ切り上げましょう。

仕方ない、好きとは、恋とは、偏愛と同義語であるのだから。

偏るさっ。だがな、偏って何が悪い。

本が大好きだ。この思いが共通していることが三宅嬢の文章から滲み出ていてだから嬉しいんだ。本に助けてもらった記憶。絶望したときは本を読めばいいんです。どうにもならない人生をちゃんと動かしてくれますとゆってくれてる。

人生で大切な選択をする瞬間はいつも孤独で、他人が支えてくれたとしても、結局は自分でしか自分の人生を動かせないのだから。本はほとんど唯一一緒にいてくれる他人なんだと。

孤独が悲しいことじゃなくて、生きるために必要不可欠なものであることを、文学を通して教えてくれた。

きっとこれからは誰かにお薦めするなら、この本しかないと思います。

 

 古典と呼ばれる作品は、いかに人間が立派でないか、立派になることができないのか、を教えてくれるから古典たり得る。

 本から世界を率直に受け取ってる、彼女の姿勢をこれからも見習いたい。

 

 

・・・芸術に取りつかれてる人間ってやっぱ偏愛者だから、変態ばかりなんだよね。

いやいや、変態でなにがわるい!!

 

…さ、逃げ恥の最終話みようーと!

…結婚が愛情の搾取って、みくり。ずっと気になって仕方がなかったんだーっ。

我が意を得たり。

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そのことにちょっとだけ苛まれていたので、昨日の夜中この記事を見つけたときは「やっぱり・・」ニヤリという気が致しまして、今まで何度かここに書いては消してを繰り返してきた心情を吐露してやろうと思います。もういい加減スッキリしたい。

今年、英屋さんち的には、結構な決断を致した年でもありました。

いや、最初の決断を下したのは一昨年だったかな、その最終結末を迎えたのは、まさに今年の12月最初の頃でした。

何を大げさな言い回しを、とも思いますが、7,8年以上お付き合い、というか、手助けあるいは、支えとなってもらっていたので、今からその存在を失ってしまうということは、これからどんな道をひとりで歩まなければならないのか、皆目検討もつかないというか、先行き、未来予想が、少し不安に思えて仕方なかったのです。・・・なんか、文章だけで読んでると、恋人との破局宣言みたいにみえますが、だったらよかったんだけど(なにが)違うのです。

ホットペッ〇ーさんをやめました。

これ、この一行、この一行を吐くためにどれだけの勇気を要したか。

えー。だから、なに?って感じでしょう、これが、ねぇ、なかなか。

 

上記の如き蜜月期もあったんです、確かに。

景気が悪くなる、デフレの時代には、無くてはならなかった存在であった、そんな時代もあったのです、わたしたちの間には。

お互いが、必要としていたの。・・・この話し、男女問題に置き換えてみると説明しやすい気がしてきたので、そのままこの調子で続行してみますね。

景気が悪くてお町から人が消えたときがありました、リーマンショックのとき、忘れもしない。

あの辛い寂しい時期を乗り越えられたのはそう、あの人(ホット〇ッパー)の力添えがあったから、だったのかもしれない。

移転してまもなくの頃で、まだ知名度も低かったときには、わたしのことをみんなに広めようと、頑張ってくれてた、応援してくれた。

それから数年が経ちました、だいぶ最近は高知のお町も景気が良くなってきて、低迷期が嘘のような、県外の人がみな口を揃えて「高知は街が活気がありますね~」なんて言われるような時代がまた再び訪れました。

おもてなし、高知家など、高知県民がそれぞれのびのびとしているままがウケル時代、中央公園とかひろめで飲むまくるあるがままのスタイルで観光客を釘付けにし、みんなが楽しい姿で景気が良くなってる、すごくいい雰囲気になってきているときなのではないかなっと思うのです。

そう、時代は変わった、そして、わたしも、少しだけど、大人になった・・・。

はい、別れの季節というやつです。

一歩先進みたい、でもあなたは相変わらず変わらないまま、まだ自分のことだけを考え続けてる、周りを見れていない、あなたは自分のことにしか興味がない人間なのよ。

わたしのことなんてお構いなし、むしろ成長することを恐れているんじゃないのかしら。

デフレのときは良かったのかもしれない、安くて、得して。そこにのっていけるときには良かった。

でもデフレはあまりまっとうに物の価値が評価されない、恐ろしい状態であることは忘れてはいけない。

安かろ悪かろ合戦じゃ、お店さんはダメなんです。そのコードからはとっとと降りたかった。

ホッ〇ペッパーさんの場合、だから客層がうちとまず違うんですね。

ホットペッパ〇さんとこのお客さんなの。

お客さんのマインドが「安さ」「得感」になってしまっているの。

本来英屋に来ようと思ってくれてる人と、そこが、違うかった。

そこに現れた新システム、ネット予約。そしてレジシステム。

この辺からもうちょっと嫌になってた。なんで予約帳も!レジまで!?わたしの大事なものをあなたに管理されなきゃいけないのだ!と。

別にホットペッパーのために店やってるんじゃないのに、という憤りが溜まりに溜まった、そこのすれ違いが如実に表れはじめたと思ったおととしに最初の決断をしました。

「別れてください!」

 

すっきり!

肩の荷が下りた気分!

ちょっと支えが無くなった不安感もあるけれど、大丈夫、わたしは、元気です!

 

すっかり破局したもんだと思っていたら、なんとまだ、ホットペッパーのインターネット上には英屋のページは残されたままだった、引き継ぎ、クーポンで大将のオススメ一品サービスをご利用される方がおられてたので、それで気がついた。

まぁ、いいか、と思っていたんだけど、ホットペッパーは三年毎に担当が変わることを忘れていた。

英屋ページの情報は更新されないままに一年放置。

今年11月に昔の安いままだった料金の宴会コースを利用していたつもりだったお客様とプチ金銭トラブルに…。

これをきっかけに、無料で載せてもらっていた英屋のネットページも全部消してもらいました。

 

 

 そんな今まで長いことあった支えがない状態で今むかえる年末なので、最初はどんな影響が出るんだろうとハラハラしていました。

この決断は間違っていたのではないかと。

でも、そう、トラブルがまず0です。

「うちのお客さん」なので、あるはずがなかった。

来たい、と思ってくれてる人とちゃんと会えてるような気がする。

 

そう、この手の存在って店側にとっては、やることはやってるという、不安解消の面では存在意義もあったのかもしれない、願掛けじゃないけど。

 

 

だけど、居てくれるだけでいい存在なら、もういらない。

わたしは、わたし一人で歩けるようになります。

 

・・・嘘。

食べログ」っていう浮気相手がずっといたのでそっちに乗り換えてただけです!!ワハハハハ (笑)

だって、まだ、あなたよりはわたしのことを知ってくれてると思ったから…!

 

辞める前、久し振りに店舗管理画面開いたらさ、なんて書いてあったと思う?

ホットペッパ◯「ネット予約でトラブルが頻発しています」。

ほらみたことか。

どだい無理よこんなシステム、仕事増やして何になるのか、甘やかしてはいけない、お客様をコミュニケーションから逃がしてはいけない、契約行為は面と向かわねばいけないのよ!

立ち向かうの、人と!!

ホッ◯ペッパー「店側の責任です。きちんと確認しましょうね」。

バーカバーカ!!

やっぱ変わってない、この男、全部人のせい!

ほんっとに別れてよかった!

 

英屋CM。

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 バイ~ン。

最新版のオヌヌメメニューです。(それでもなぜか昨日のだけど)

今日はこれに、さらにオヌヌメメニューが増えまして。
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(大丈夫、こっちはほんとに最新、今日書いたの!)

天然のヒラメと、天然のぶり刺身(ぬた)が良い感じです。

そして鰹も脂のりバツグンです。

今年は鰹の当たり年ではないでしょうか。戻り鰹が例年に比べて格段に良い気がします。毎日がトロ鰹。もはやトロ鰹祭り。この時期を逃すでない!です。

 

あと、英屋さんち、魚以外にも、お野菜にも気を使っています。

潮江旬菜の熊澤さんの旬の野菜をふんだんにサラダに使っております。

赤軸ほうれん草、からし菜、レッドリーフetc…。今日はさらに高知在来野菜の田村蕪も加わりまして、こちらも高知の旬祭り。さらには安須産のフルーツトマトなんかもとうとう出揃っちゃってこりゃもう大フィーバー中だっつーのこれっ。

12月に入ってからは良い旬素材が揃いに揃っております。

もう、どれから食べますか?これに加えて明日からなんて、長崎県有明海産の小長井カキ、生牡蠣まで加わるのですよっ!

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お客さん大変、胃袋忙しい!!

 

ぜひぜひ、この季節だけの絶品、旬の味を堪能してくださいね!

 

あとそうそう、高知FMラジオ「サリーとタケとこんじるのまだまだお昼ですよ~」の恒例の年末特番に、英屋がスポンサーをすることに今年もノリで決まりまして、またまたラジオCMを作ってもらうことにも、なんとなくなりました。

 年末から一ヶ月程はFMラジオにてお昼頃に英屋さんのCMが流れることになります。

貴重な電波を利用して、英屋のお嬢が結婚できない(ほんとうはしてもいいと思ってるけどしないだけなんだからねー☆)ことを高知県中にバラまいてくれとタケさんとこんじるさんに昨日夜中サリーズバーで酔っぱらいお願いしてきましたので、どうぞ、渾身の英屋CM、聴いてやってくださいませ。

 

・・・まだ全然決まったことじゃない、勝手にゆってんだけど(笑)

Nの店。

夏休みの宿題は、八月の終わりになって初めて手を付け始める。

そう、わたしは追い込まれないとできない類の人間だった。

そんな堕落しきった過去の私に、今の姿を見せてあげたい。

年賀状は12月最初の週にだいたいを終わらせ、12月25には投函を済ましている、この賢者の姿を。

計画を先週末あたりから綿密に練り揚げ、昨日休日起きてから粛々と行動をし、だいたい終盤が見えてきたあたりの夕方に余裕の切り上げ。

後々出てくる取りこぼしも予想し、数枚年賀はがきを残しておくこの素晴らしい計・画・性。

一仕事を終え、賢者的な気分で珈琲を啜っていた夕刻、部屋をノックする音が。

休日はほぼ外食の我が家、それにも付き合わずに部屋に籠って粛々と仕事を続けていたわたくしに、外でごはんを済ませてきた父からのお土産。

何かが入ったスーパーの袋が手元に放られ、ボトッと床に落ちた。

中を開けるとそこには、茹でたセコガニ。

どうやら今日の晩御飯は、あの廿代町にある人気店の元「とうふや」さんの跡地にて、四か月限定で島根県から取り寄せてる松葉ガニを食べさせるお店をしているN島くんちだったもよう、ご褒美とばかりに一匹のセコガニちゃんをお土産に届けてくださりました。

お前ら、せめて土産用のパックにとか入れてはくれないのか。

スーパーの袋に素で入れるなよ、茹でガニをっ。

 

そんなN島くんと父の性格を現すがごとくの雑さで届けられたせこがにを、一仕事を終えた開放的な気分で、乾杯!

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鮮度が良いんだ、茹でガニなのに、身が半透明です。。。

内子もみそも、味、抜群。。。

スーパーの袋から素で出てきたということもチャラになる。

美味い!

 

二か月で禁漁となるセコガニタソ。

島根から届く旬の松葉ガニが堪能できる、N島くんのお店は、いま一番オヌヌメです!

 

行ってみたいと興味を持たれた方、場所を探さねばなりませんね、そのためにも屋号をゆわねばならないところなのですが、それには答えられません、なぜならこれまでのN島くんの店に明確に名前があったという記憶がわたしにまったく無いのだから!

前の餃子を出してた店が確かそのまま「ぎょうざや」だった気がするから、どうせ今の店も「かにや」かなんかでしょう。(雑)

前の「とうふや」の場所、かつての2階は別の店になってて、1階のみ!(超雑)

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 最近オヌヌメmenuあげていませんでした、最新版オヌヌメmenuです。(12月2日土曜日)

石垣鯛がすさまじい神レベルの味わいです。土佐清水のとある場所であがるこの石垣鯛は、絶品であることで有名なのだそう。

いま時期はそんな神垣鯛をある限り仕入れております。

シーズンオフ前の悪あがきか、鰹くんもすんごい脂身でトロガツオ級です。

もうすぐ終わりになってきた鰹の旬。漁も終わりに差し掛かり、そろそろハガツオとスマガツオくんの代役に助けられる季節。

暫しのバイバイ前の鰹くんの大打ち上げ花火。

県外から来られたお客様の鰹が美味しかった!というお言葉を日々いただいいておりまする。。。

しかし、旬は目まぐるしく巡る。

はてさて、今週の鰹くんはどうなるのかな。

 

今日朝起きたとき。

毎日飲む目覚ましのコーヒーを賢者は入れていた。

あ!そういえば!

昨日スタバに行った時に、全部食べきれなくて残したニューヨークチーズケーキ、あれを持って帰って来てたんだった!

いそいそと冷蔵庫から取り出したそれをアテにコーヒーを啜っていたときに、ふと思った。

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わたし、人のこと言えない。

スタバに行く前に立ち寄ったドラッグストアで買った、例の中指用のキズパワーパッドを入れていた袋が、食べかけのチーズケーキを入れるのにぴったりだったので、それで持って帰って来てた。

いやぁ、ビニール袋って万能だよね、カニも食べかけのケーキも、そこそこ衛生的に、かつ汁漏れも無く、他のものとのにおい移りも防いで持ち運びできちゃうんだもの、そこにあったら使っちゃうよね、ふつうに、ねぇ…。

久々に。

久々にやりました・・・。

わたくしの左手、中指には今、指サックがはめられております。

指サック、ご存知ない方もいらっしゃるかもしれません、が、調理場で働いたことのある方にとっては、とても馴染み深い存在、無くてはならない存在であることを、身に染みて、知っていらっしゃると思われます。

そう。

指先からとめどなくこぼれ落ちる鮮血を、外へ出さないように密封しておくためのゴム製のカバーでございますね。

止まらないそれを封じ込めなくては、お仕事の続きができません。

ハイ。

鶏肉のお肉のと共に、おのれのお肉も削いでしまいました。テヘ

ずいぶん経験も多いですから、もう慌てません、冷静に自分の破片がどれほどかを確認したあとは、すぐさま視界から消すため、ゴミ箱へポイします、そしてそのまま、ゴミ底へしたたり落ちていく量を計り、これまであった件のデーターと照らし合わせて、今回がどれほどのものなのかを計算します。

今回のは、ずいぶんのもののようです、初のケースだと思いましたね、えぇ。

 

指サックのおかげで中指がキーボードを押せないためにここまで書くのに随分やり直ししてきましたよ、いい加減イライラしてきたのふぇもうここからは直しません。

書きたいこといっぱいあったらから長文覚悟でrかきはじめたkrどもういや。

何枚か写真に撮tt4え、そのいtで血で染まる指サックの内部がなかなかインスタ栄えすると思って、公開しようとしたんあkど、さすがにこれはホラーだと思ってやめたけおd、ふぇ消さずにフォルダーに残してるあるのえ、見たかったらぜひ声かけてください、見せます、お尻ぞぉってしまs。

 

あs、そうそう、そういえば最近、興味ごとが星のgんにし、星野源にしかなくtt、彼なかなかいい歌詞書くから、いいやつかいt4えここに書いて鬱憤晴らして終わりにしよう!

 

・・・って思ったけど、そういう大事な事柄は感知してからちゃんと書けるようになってからにしとこー、もうムリポ

 

終わり織わいr!